フミコの日常・泡のような日々

クローン病をもつ社会人のブログです。健康のこと、仕事のこと、家庭のこと、キャリアのこと、なんでも思ったことを書いてます。

2/14 ライフシフト9章と考えたこと①

今日は会社から帰ってきた後も精神的にさほど疲れていなかったので、夕食後にネットフリックスでフェアリーテイルのアニメを見てリフレッシュするのも数回分で済ませることができた。昨日などは、あまりに疲れ過ぎたので、帰って来た後はずっとゲームをしていなければいけないくらいだったのだが。とはいえ、夜の時間は短い。できることは少ない。あまり頑張らずに取り組めて、かつ未来につながりそうなものを読もうと思い、久しぶりにライフシフトを手に取った。後ろから読み進めて行き、触発された箇所と考えたことをまとめたいと思う。このような読み方やまとめかたは褒められたものではないが、自分の考えを公式の文章にする前の前の段階、チラシの裏の断片として用いている。

 

第9章 未来の人間関係

著者が対比する2つの時代、すなわち高度経済成長期の日本社会のような「3ステージの時代」とこれからの未来だと想定している「マルチステージの時代」。前者はこども→現役労働者→退職者というライフステージの一方向的な進行が自明のものとされた時代であり、後者はこの区分にあてはまらない人生がありふれたものとなる時代であるとしよう(この分類の核はなんだろう?)。この対比において、著者は夫婦の関係について、3ステージの時代は経済学者のゲーリー・ベッカーの「生産の補完性」により性別役割分業が徹底された時代だとする。生産は、著者の言葉でいう「無形資産」と「有形資産」を稼ぐことを意味する(生産はこのような使い方をしていいのだろうか?)無形資産は家族内の情緒の安定性や豊かな人間関係であり、有形資産は主に金融資産を指す。男女の賃金格差が大きい社会においては、比較優位のもと性別役割分業が有効とされていたが、男女の賃金格差が縮まると著者が期待しているマルチステージの社会においては、共働きの場合とくに、片方が働かないことによる家計への機会損失は大きい。そこにおいて夫婦を結びつける誘因は「消費の補完性」であり、ともに同じ家に住むことで生計を節約することであったり、結婚がもたらす法的保護の手厚さであったりする。このような時代には、アンソニー・ギデンズの「親密さの変容」がみられ、二人の間で常に相互の恩恵が得られるような緻密な調整が必要とされる。それによってこそ、マルチステージの時代において、互いが有形資産と無形資産を稼ぐ役割を柔軟に交替することができる。

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こどもを育てたり高齢の親の世話をするために、時間を柔軟に使える仕事に就くことがあるが、著者によれば、私たちが仕事を選ぶときに、次の5つの重要な選択をしている。

・時間のプレッシャーが厳しい仕事か?

・勤務時間をあまり自由に決められない仕事か?

・職場でのスケジュール変更に柔軟に対応しなくてはならない仕事か?

・チームのメンバーと常に一緒にいなくてはならない仕事か?

・自分にしか担当できず、ほかのひとに代わってもらえない仕事か?

これらの問いにイエスと答える仕事は一般に高給であり、現状ではこどものいる女性よりも男性がつくことが多い。労働時間の柔軟性は、とくに知識を扱う仕事においては、同僚や顧客と空間をともにすることで得られる暗黙知の水準を弱めることも一因として働き、労働における機会を狭めることにつながってしまっている。

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触発された部分はいくつかあったのだが、今日の時間に限りがあり、一つのみ書けた。上記の文章では、新鮮な知見は柔軟性から暗黙知へのつながりの部分だ。親密性と夫婦間調整の部分は、実生活で感じていたことであった。日常生活で観測していることにあてはめたらどうだろうか?暗黙知かどうかはわからないが、少なくとも今日の僕の職場でいえば、経験上・知識上の業務課題に対して、すぐ近くに答えを教えてくれる先輩がいることは、学習するうえでプラスの効果を持っている。また、対面の場でそれぞれ仕事をすることにより、「自分の知らないことを知る」ことができる効果もあると思った。とくに、未経験の職業に転身した僕の場合はとくにそうだ。加えて、上記とは関係ないが、業務上の利害関係にない仲間との高めあう関係や愚痴を言い合える関係、というのは難しい課題に取り組むうえで僕の精神衛生上大きな意義を持っているとも思う。今日はこれくらいにして、なるべく思い出したときに自分の日常の相対化を継続しよう。その切り口として、この本を利用しているようだ。