東北生まれの冷え性金融マン・フミコの日常

クローン病をもつ社会人のブログです。健康のこと、仕事のこと、家庭のこと、キャリアのこと、なんでも思ったことを書いてます。

4/18 生きる喜びの再確認

体調を崩して1週間ほど入院していた。入院してみて、自分ってなんで食事制限をしてまで頑張ろうとしていたのかな、とあらためて振り返った。食べたいものを我慢して、時間を有効に使おうとして、自分の価値を高めようと努力し続ける。それってなんのためにしなきゃいけないんだろう。そう思った時に、とくに理由はないなと思った。仕事を通じて何か成し遂げたいことがあるわけではなく、たぶんどんな仕事でも人間関係が良好で知的好奇心をある程度満たせれば自分は満足だろう。でも、なんで働かなきゃいけないんだろう。しかも、食事に気を配って、常に目標を定めて精神を追い詰めてまで。

 

入院してとくにすることもなく寝ているあいだ、湧いてきたのは「体調が落ち着いたらうまいもの食べたいな」という思いだった。月曜日、社会人2年目の4月というタイミングで入院することを決めた理由は、ここで体に無理をさせることで、また腸を切ることになったり、合併症の大腸癌になったり、人工肛門を装着せざるをえなくなるとしたら、絶対後悔するだろうなと思ったからだ。そこまでして今の会社で働こうとは思わない。

 

このように考えてみて、自分はうまいものを食べたいから生きたいんだなということが腑に落ちた。でも、こんなふうに受け入れられることは自分にとって難しいことだったんだ。まず、高校生から今の病気になって、食事制限が必要となった時点で、「自分はもう食事を生きる楽しみにすることはできない。だから、食べることを生きる喜びにすることはやめよう」と思ったのだ。だからそれは、自分の中で最初から選択肢の外にある考え方だった。それに、「食べることが生きる目的だなんて、なんとなく恥ずかしい。もっと高尚な目的や目標を持って生きたい」と思う自分がずっと側にいた。それは、やりがいに満ちた人生を理想とし、快楽を下に見る自分だった。こんなふうに自分を客観視できるようになれたのは、入院中に読んだポール・ドーランという著者による行動経済学の本のおかげだ。その本の中で、「幸福はやりがいと快楽の二要素で構成される」ということが書いてあった。それを読んで、これまでやりがいばかりを追求し、快楽を二の次にする(のだが、実際は快楽がないと生きることが辛いので、理想と現実のギャップに苦しみ続ける)自分のあり方に気付くことができた。なにより、1年間働いた後で入院してみて、頑張る理由が自分の中に見当たらないという事実に直面した。だから、受け入れるしかなかったのだ。

 

これからは、自分の消化器系器官の感覚を最優先して生きることにした。脳は主役ではなく一つの末梢器官にすぎない。消化器系器官が生存するために役立つ範囲で脳を活動させる。というか、せざるをえないのだ。

だから、私はうまいものを食べるために生きる。うまいものを食べるために今よりずっと稼ぎたい。うまいものを食べるために、過度のストレスで体を壊したくない。何が起きようと、うまいものが食えるならオールオッケー。

 

今日の昼に退院した。その足で、まーちゃん(妻)を連れて新宿の老舗の鰻屋に入った。鰻重の特上を頼んで食べた。今まで特上なんて食べたこともない。うやうやしく重箱に入れて運ばれてきて、肝吸いも一緒についてきた。肝吸いを一口飲んで、「あ、うまい」と思った。鰻重を一口食べて、「あー・・・、これのために生きてるんだな、」ってかみしめた。自分の消化器系器官が喜んでいる感覚があった。

 

家に帰って、部屋の模様替えをした。とにかく、落ち着く部屋を作りたかった。目標ややりがいに関することは全部、デスクのあるスペースに詰め込んで。リビングは一切神経を緊張させない、リラックスするためだけの空間にしたかった。それで、昨夜思い立ったことをまーちゃん(妻)に言った。「まーちゃん、あそこに絵を飾りたいんだよね。」それで、八重洲にある画商の店にまーちゃん(妻)と二人で絵を見に行った。20分ほどいろいろな絵を眺めて、選んだのは日本人画家による上高地を描いた油絵だった。自然の雄大さと新緑の季節の爽やかさが織り込まれており、見るだけで心が和やかになる絵だと思う。その絵はいまリビングの壁に飾っていて、「やっぱりこれにしてよかったね、まーちゃん」と何度も呟いてしまった。

 

明日からまた会社だ。心掛けることは、自分の生きる喜びを忘れないこと。自分にとってうまいものを食べることが大事なのだから、ランチは(摂取することが許容されている和食の範囲内で)好きなものを食べること。それに、1週間に1回は食事制限によるストレスを解消するために、気にせず好きなものを食べること。食事によるストレス解消は、食事制限によるストレスに対処するためだけに用いて、それ以外のストレス(最も深刻な問題である「人間関係によるストレス」)は食事以外の方法によって対処すること。そして、うまいものが食えたらオールオッケーなので、余計なことで神経を擦り減らさないこと。これらを心がけて過ごしたいと思う。そんで、もう一回生きることにチャレンジしてみよう。