東北生まれの冷え性金融マン・フミコの日常

クローン病をもつ新社会人のブログです。健康のこと、仕事のこと、家庭のこと、キャリアのこと、なんでも思ったことを書いてます。

4/13 変化の予感と本日の備忘録

なんとも表現しにくいが、なんだか私の周りで変化が生じている感じがする。直感的な違和感がある。今はまだその意味をうまく捉えることができないし、もしかしたら本質的な変化ではないことを過大に捉えているのかもしれない。いずれにしろ、後から振り返って自分の方向性を見定めるために、私の周りにある変化を一つ一つ書いていきたいと思う。

 

・私が入院した

社会人2年目となる4月2週目の月曜日、私は体調を崩し会社を早退した。持病の悪化による腹痛、発熱、怠さにより、その日の夜にかかりつけの病院に入院することを決めた。実際のところ、入院を決断するのに3時間ほど悩んだ。大学生活のモラトリアムが人より長く、障害者採用でやっとこさ入社することができた会社だ。2年目も、いろいろ思うところはありながらも前向きに仕事に取り組もうと思った矢先の決断だった。ここで有給を使っていいのか。新しい所属長が異動してきた手前、悪い印象を与えないか。だが、最終的には「健康と仕事、どちらを取るのか」というシンプルな問いに落とし込み、私は健康を取ることを決めた。これから先50年間働くとすれば、最初の2年間で病状を大きく悪化させることは愚かだ。たとえ、目先の印象が多少悪くなったとしても、全体最適を選んだつもりだ。

 

・妻がたくさん移動している

妻が博士課程に合格したことは先日書いたが、昨日は妻のゼミの初回授業日だった。もともとその日は妻が会社を早上がりして授業に出る予定だったが、今週頭から私が入院してしまったために、妻は今週ずっと会社の時間給を取ったりフレックスで早帰りしたりして、私のために時間を調整してくれている。今週妻は、15〜16時台には上がり、病院に来て一通り私と話し、売店で晩ごはんを買って面会スペースで食べて(私は絶食中なのでお茶を飲んだりせいぜいヤクルトを飲む程度だ)、それから帰る生活をしている。ややお疲れ気味のようだ。そして、昨日はゼミ初回で、遅れて参加して来たようだ。久しぶりにドゥルーズデリダの名前を聞いた、と喜んでいた。帰宅後は、私がいないことをいいことに、妻の女子校時代の友人がうちに泊まりに来ているらしい。寂しい間相手してもらってありがたいなと思う反面、体力のない妻が頑張りすぎじゃないかな、と心配にもなる。

 

・職場の人が見舞いに来てくれた

今日、課長と先輩2人がお見舞いに来てくれた。妻と私を交えて5人で雑談をした。課長も半年前に心臓を悪くして1週間ほど入院した経緯があるので、健康への配慮がある方だ。「心配せず、まずは療養を」と言われた。私としては、いまいちこの病気との付き合い方がわかっていないので、何をすればいいのかがわからないのだが・・・。この病院は上京以来10年間ほどかかっているところだ。そんな私の一部のような場所に、職場という、私の別の側面として認識していた人々が流入してくる、という経験が、なんだか新鮮だった。私の中で、過去と現在が混在しているような不思議な感覚があった。妻といえば、「あなたが大切にされているようで安心した」とのことだったが、常日頃から私に将来のビジョンを持ち転職することを勧めている妻が、私の現在の職場における私の立場について理解できて安心するとはなんだかな、という気分だ(=だって、今の職場の人に大切にされてても、近い将来に転職してしまうんだとしたら、意味がなくないか?)。

 

・私のキャリアについて、相談のメールを送った

大学院時代に一度だけ相談に乗ってもらったことがある、キャリア相談室の方にメールを送った。直近、妻がその方の企画した「大学院生の就活・OBOG座談会」のようなものに参加した関係で、「そういえばフミコさんは元気?」と尋ねられたとのことで、あちらが私のことを覚えているなら、と思いメールしたのだ。詳細は伏せるが自分自身のここ数年のキャリア展望に関して思い描いていることがあり、若干リスクをとるその計画が、労働市場においてどのような評価を受けるのか、第三者からのコメントが欲しかった。その方は、大手人材紹介会社卒の方なので、その手の肌感覚もあるだろうと思い、さっそく明日昼の電話相談の予約をとった。そして今夜は、その方に相談する概要をメールに打ち出す仕事が残っている。

 

・主体的にスキルを獲得したい業界の入門本を入手した

以前のブログで「データサイエンティストになりたい」と書いたが、どうしたらなれるのか書いてある他人のブログを参考に、「データサイエンティスト養成読本(登龍門編)」を妻に購入して来てもらった。なにしろ、まだコーディングすらできないし、プログラミングの経験もない。線形代数や確率・統計の単位も持っていないのだ!それでも歩き出してみようと、一番初めにふさわしそうな本を買った。次は、この手の業界にすでに入り込んでいる友人知人の力を借りて、労働者としての相場観を知らなければ。

 

・将来の住環境についての擦り合わせを始めた

私も妻も、まだしばらくリスクのあるキャリア展望を持っている。リスクを取るためには担保が必要だ。一つの案として考えたのは、数年以内に妻の実家に住み始めるというものだ。あちらは持ち家で家賃の支払いが終わっているため、私たちがしばらく無収入でも住まいを失うことを避けることができる。また、妻の母親がいれば生活面で安心感が桁違いだ。と思い、妻の母親に同居についてのざっくりとした印象を尋ねてみたところ、あちらはあちらで定年後にチャレンジしたいことがあるらしく、いまの住まいにずっと住んでいるつもりはない模様。人間は、自分の将来については可変的なものとして、他人の将来については安定的なものとして想定してしまうバイアスがあるのだろうか。というのも、先方の両親のチャレンジは、私たち夫婦の住まいの近くで始めようとするものだったからだ。これは、私たち夫婦の現在の状態の継続を前提にしたものだろう。いずれにせよ、私たち夫婦と妻の両親は、互いに避けようのないキーパーソンなのだから、将来設計の綿密な擦り合わせが必要そうだ。

 

・高校時代の友人から連絡が来るようになった

しばらく音信不通だった、高校時代の部活仲間から、LINEのグループへの招待が来た。私はあまり自分から友人に遊びの誘いをすることはなく、もっぱら受け身なのだが、どういうつもりで思い立ったのだろうか。春だからだろうか。自分にとって思いもよらない彼らからの誘いだが、大学時代の時よりも肩の力を抜いて応えられるようになっていることに気付く。

 

私はどちらかというと変化を好む人間だと自負しているが、周りの変化が自分のある一定の閾値を超えると違和感を持ち始め、「変わらない部分」をあえて作ろうとする(多くの人間が同様の習性を持っているだろう)。私にとっての「変わらない部分」は、まず妻を大切にすること。次に、このように感じたことを言葉にすること。そして、なんだかまた無性にスープを作りたくなって来た。