東北生まれの冷え性金融マン・フミコの日常

クローン病をもつ新社会人のブログです。健康のこと、仕事のこと、家庭のこと、キャリアのこと、なんでも思ったことを書いてます。

2/5 グリットと社会科学再訪

最近本屋で平積みになっている『グリット やり抜く力』という本を読み終えた。自分なりに内容をまとめると、

 

・成功者は「やり抜く力」が強い。

・「やり抜く力」は3要素に分けることができる。

(※邦訳では2要素だが、自分の理解では3要素)

・「自覚」、「情熱」、「粘り強さ」の3つである。

 

自覚とは、自分が求めているものを明確にわかっていることである。

情熱とは、求めているものに対して尽きない興味関心を持っていることである。

粘り強さとは、調子がいい時もわるい時も、何度失敗したとしても、求めているものに対して諦めずに挑戦し続けることである。

 

話は変わるが、私は昨年修士課程3年目をやっていて、今年度も提出することができなかった。社会人1年目と新婚生活1年目と修士課程を同時にやることは大変だった。

(そんなことはない、お前の意思が弱いだけだ、と思う方は実際に自分で挑戦してみよう!)

 

そして『グリット』を読んで、確信を持ってもう一年やると決めることができた。

私を遮るものは何もない。ノイズが生じうるとすれば、自分自身の人生の中で挑戦していないために他人の人生の批評に忙しい者からの様々な注文や指図だろうが、幸い私は自分の正しさに確信を持っている。なぜなら自分の人生の行き先を決めるのは自分だからだ。

 

その後、メドウズの『世界はシステムで動く』の冒頭を読んで、私がしたかったことはこれだ、と安堵を得ることができた。私がこれまで、感覚として持ちながらも言葉にすることができなかった世界観を、彼女は明確な言葉と多くの実績をもって表現していた。

 

『グリット』の内容に戻り、人生の指針をいくつかの究極的な目標とその下にぶら下がった中位目標、さらにその下にある下位目標として理解するとしよう。私にとって高校時代からずっと持ち続けてきた、人生の知的な側面における究極的な目標は、世の中を見通す力を持ちたい、というものだった。

 

この究極的な目標の下にぶら下がる中位目標を、いま初めて整合的な形で描くことができる。

次の修論における(そして、これまでの修論にも連続的に通底していた)大きなテーマは、経済、人口、社会の関連についての興味である。そこに対する新たなアプローチとして、まーちゃん(妻)から、「地元の現在とフミコの現在とのつながりを見出してみたら?」とヒントを与えられた。

 

確かに、私の大学進学においても、就職活動においても、原動力になったのは、地元が将来廃墟になるのではないかというイメージだった。そこから、これまでがどうで、これからがどうなるのか知りたい、という漠然とした思いを得たのだ。

この意味で、私の原動力に真正面から向き合うこのアプローチの仕方は適切に思える。

 

そこで、いま読んでいる本に即して、「地元の都道府県をシステムとして捉える」ことを最初の一歩にしたいと思う。

これが私の中位目標の1つである。

 

大事なのはここからで、私の業務についても、「企業活動や特定の業界をシステムとして捉える」ことを別の中位目標にすることができる。

企業はゴーイングコンサーンである、このことは、システムはシステム自体の存続を目指す、ことと一致する。これにより、私は最近課されたDCF法をExcelにベタ打ちして理解する課外学習を自分の究極的な目標に整合させることができる。

 

たとえうまくいかなくても、何度挫けても、また立ち直って究極的な目標に向かい続けよう。そうでなければ、人生は味気なく、退屈になってしまうだろうから。