東北生まれの冷え性金融マン・フミコの日常

クローン病をもつ新社会人のブログです。健康のこと、仕事のこと、家庭のこと、キャリアのこと、なんでも思ったことを書いてます。

私が修論のテーマを選んだ理由は、近い将来サラリーマンになる私に遅効性のワクチンを打ち込むためである

終わらないのもしょうがない、なぜなら本質と形式が対応していないのだから。

 

私が修論のテーマにしたのは、貧困と、人口と、世代についての個別の問題に関連するものであったような気がする。

 

(まだ書いていない)学問分野における意義や社会的な意義は脇に置いておく、なぜならそれらは自分が本当に追求したいものではないから。

 

私が研究テーマを選んだ理由は、人間の徳性に関する問いである。

 

大学院に入った私は、アカデミズムにおいても、いや、アカデミズムこそ、成果が求められる場所なのだと感じた。

 

だから、私はより"母校生らしく"ならねばと思った。つまり、合理性と効率性を大事にし、仕事の成果をなにより重視し、賢くないことを毛嫌いするように。そうなるために努力した(が、土台がもろかったために常に挫折し続けた)。

 

だが、悩み続けた。自分より恵まれない境遇に生まれた人々が自分より不自由な生活をしていることをどう理解すればいいのか。自分と同じくらいの境遇にあって自分の信じるよりよい道に進まなかった人々をどう理解すればいいのか。

 

私の弟2人は高卒で働いている。私は大学を出る方が人生の選択肢が広がると考えている。では、弟2人の人生は大学を出なかった時点で失敗なのか。私は今後一生、弟の人生の喜ばしいことを心から喜んであげられないのか。

 

道でホームレスとすれ違う時に、ただ心に蓋をして通り過ぎる以外の姿勢はあるのか。責任は負いたくないが簡単にその状態を受け入れたくないし現実処理の判断を下したくない。

 

私は私が信じる価値を実現するために努力すべきであるが、では他人が私の信じる価値ではないもののために努力する時に、私は他人を理解し受け入れる寛容さを持ち続けることができるのか。

 

私が修論のテーマを選んだ理由は、近い将来サラリーマンになる私に遅効性のワクチンを打ち込むためである。

 

野球場を例に図式化すれば、私はより稼ぎ、生活を豊かにし、"母校生らしく"なろう努力をする。一塁側に向かって走り続ける。それと同時に、修論のテーマにこめた問いは、本質的に三塁側に向かって走り続けるものである。いつまでも"弱い"自分の感覚を持ち続けていられるか。より強く、より鋭く、より一つの価値に向かって進み続けると同時に、自分とは異なる他者の存在や彼らが信じる価値に開かれた状態でい続けることができるか。

 

一方の私は一塁側に進みながら、もう一方の私は三塁側に進む。2つの力が拮抗し、苦しみの末に二塁側に進む(=より高い次元の答えを得る)ことをおそらく想定して、2014年は始まった。

 

そして、消えた。

 

理由は、上記の私の問いは「人間が素晴らしい人間になるためにはどうしたらいいか」というものだったのに対して、私が抱えていた問題は「動物が人間になるためにはどうしたらいいか」というものだったからだ。つまり、思考活動の土台となる身体的・精神的健康に不備があったのだ。動物がいきなり素晴らしい人間になることはできなかった。

 

とはいえ、当初の目的であったワクチンはもう手に入った。あとは、どうするかである。続きは、どうなるのだろうか。